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審判 4Kレストア版 ロゴ

​トークイベントレポート

シアター・イメージフォーラム
10.3(土)10:50の回上映後
ご登壇:明星聖子さん

(成城大学文芸学部教授 / 成城大学国際編集文献学研究センター長)

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10/3、満員御礼のシアター・イメージフォーラムにて、『審判 4Kレストア版』上映後に、明星聖子さん(成城大学文芸学部教授 / 成城大学国際編集文献学研究センター長)のトークイベントを開催しました。
以下は、配給がトークイベントの内容を抜粋・要約したレポートです。
※映画、原作のネタバレを含みます。

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カフカの作品の多くは未完のまま残され、死後に友人マックス・ブロートが編集して世に出しました。そうした原作テクストの編集の問題を研究されている明星さんに、その原作を映画という別のかたちに移したオーソン・ウェルズの『審判』をどうご覧になったのか、お話を伺いました。

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明星さんはウェルズの映画について、非常によくできていて、映画として素晴らしい、と評価される一方で、カフカが本当に何を書きたかったのかは、研究している私自身も未だに謎、ともお話しされました。原作をそのまま再現するのではなく、ウェルズがカフカから受け取ったものを、自身の映画として組み替えた作品として捉え、カフカをそのままやるのではなく、公開当時の時代背景に物語を置き換え、問題提起しているところまで持っていくのは、さすがオーソン・ウェルズだなと思った、とお話しされました。

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続いて、明星さんが近年取り組まれている、オックスフォードでのカフカ手書き原稿の調査についてのお話に。カフカの作品は、『審判』を含む長編三作をはじめ、その多くが本人が完成させて出版したものではなく、ノートや紙片に書かれたものを、死後に編集者が整理し、つないで刊行したものだといいます。そのため、実物の手書き原稿を手に取って読むことで、気がつくことや、研究が深まることがあるそうです。

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そこから、『審判』の原作についてのお話へ。
(なお、『審判』の手稿はオックスフォードではなくドイツ・マールバッハに所蔵)
『審判』は、冒頭と結末の場面が先に書かれ、その間をつなぐ部分が書き進められたものの、完成には至らなかった作品だと考えられています。明星さんは、現在知られている物語を確定した完成形として受け取ってよいのか、編集や翻訳の過程で、つなぎ方に問題がないかなどを研究しながら、それがカフカを読む面白さだとお話しされました。

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映画版と原作の違いとしては、結末の扱いが話題になりました。ただ明星さんは、あれが本当の結末かどうかがずっとわからない、とお話しされました。

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明星さんは、『審判』が書き始められたのが1914年夏、サラエボ事件を経て第一次世界大戦が始まった直後だったことにも触れられました。オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の名と、フランツ・カフカ、そして主人公ヨーゼフ・Kという名前の響きの重なりにも触れながら、『審判』を個人の罪や不安だけでなく、歴史的な転換点のなかで書かれた小説として捉えると、また味わいが違ってくるのではないかとお話しされました。さらにその直前には、カフカ自身も婚約、婚約破棄を経験しており、彼の人生にとっても大きな転換点だったそうです。そうした背景から、ウェルズ版の結末についても、原作との違いにとどまらず、映画が公開された1960年代の時代性(冷戦と核戦争への不安、巨大な組織や見えない権力への恐怖など)を重ねて読む可能性が話題になりました。

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また、映画の冒頭に置かれている「掟の門前」の寓話についても、原作では冒頭には出てこず、カフカの作品の映画化では、スタートをどこにするか、冒頭をひねって工夫する傾向にあるというお話がありました。

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最後に、「いま、カフカを読む意味」について。

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明星さんは、今は書き言葉のコミュニケーションの時代であり、書かれた言葉がたくさん流通して世の中が動いていると指摘されました。そのうえで、書かれた言葉を鵜呑みにせず、自分なりに理解し、確認する癖をつけるうえで、カフカを読むことはちょうどよい材料だとお話しになり、トークは締めくくられました。

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明星聖子さん、ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました。

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